2007年10月21日

ルノワールの絵について・・・

ルノワールに影響を受けた日本画家として、梅原龍三郎がいますが、梅原画伯は、ルノワールに直接指導を受けていますから、その影響から抜け出すのは大変だったと思います。

ルノワールの絵は、日本人になじみやすい絵といえます。それは西洋の印象派の作家が、日本の平面的な画風で、「美」を演じることに感動し、真似をして印象派が出来たことにもよります。

それまでは、西洋の絵は立体的な表現が主であったのですが、日本の水彩画、や水墨画、浮世絵といった淡彩な手法でも十分に、見事に深い精神性までを表現できることを示したからでしょう。

ですから、印象派の作品は、日本にとって逆輸入みたいなものです。しかし、近代の日本画壇においては、油彩のマチエールとしての表現力に大変魅力を感じたのでしょう。青木繁、黒田清輝といった画家は、こぞって油彩を学びましたから・・・やはり、油彩のマチエールには、ひとつの魅力があるのです。

その理由のひとつに日本画は、裸婦なんぞはほとんど描かれていませんが、西洋画は、裸婦は絵描きとしては、たいていの画家が描いています。

すなわち、裸婦を描くには、あのこってりとした油彩が一番なのです。それはリアリティがありますし、色彩の輝きといったものがあります。

この色彩の輝きを一番納得するには、カラーで印刷された画集でルノワールの絵を見るよりも、実際に本物の絵を見ることで、とても大きな違いがあることに気付きます。

たとえば、ルノワールの「草を持つ少女」の絵を画集で見ていて、美術館でそれを鑑賞したとき、思わずため息が出るでしょう。

その少女がいきいきと描かれており、その少女の魂があるのを感じるはずです。これは、やはり油彩ならではです。ただし、ルノワールのような繊細な筆のタッチのマチエールだからこそといえます。

ルノワールの色彩と筆のタッチは日本人を魅惑する魔法のタッチだと思います。梅原画伯が、そのタッチを真似してもなかなか、そうはなりません。

それは、技術だけを真似ても、そうはならない何かがあるのでしょう。やはり絵を描くという行為は、技術を超えたところにあると思います。

by 大藪光政
posted by ゴヤの弟子 at 18:33| 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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