2008年11月23日

画家によっていろいろある絵心・・・



先日、このブログサイトをauさんが一方的に削除してしまいました。当の書き込み者は、そのことにまったく気付きませんでした。たまたま、知り合いから連絡がありました。

理由は、私の携帯からのアクセスがなかったから?というわけのわからない理由で、担当者も論理的な説明がつかないわけのわからない理由によるものです。

「auの携帯をずっと使っているのに、何故だ!」と怒っても、「すみません」の一点張り。どうも、このサイトの使用条件が特殊であることは、間違いないようです。これだと、まったくフリーのブログサイトがましである。

恐らく、書き込みブランク期間が長かったからだと思いますが、でも、そういう理由だとも言わない。まあ、住み心地の悪いところは、早めに引越しするに限ります。

それと、頭にきたついでに付け加えると、auさんは、どうも『縦割り行政』を採用している会社のようです。やはり、マンモス会社はそうなりますね。風の通しが極めて悪い・・・。

それで引越しをする手筈を、そのうち採るつもりです。

さて本題に入ります。先月、朝日新聞社より、美術展の招待券を頂いたので、北九州美術館に行ってきました。芸術院会員で、(某)展常務理事もされています現存の方ですから、(某)画家とさせて頂きます。

美術展の副題が「華麗な女性美」そして、メインタイトルが、「永遠の女神展」とされていました。館に入ってみると鑑賞者は、女性が多かったですね。

この方の習作から現在までの画業がひと目でわかる展覧会でした。そして、ご本人は、北九州ご出身なので、当会場にて、ご婦人とのツーショット撮影も応じておられました。きさくな方のようです。

さて、この美術展を観て感じたことは、「服飾の美」というタイトルであれば納得だったのです。華麗な女性美とは、華麗な服飾を着た女性のことを指すといいたいのでしょうか?そして、永遠の女神とは、華麗な服飾をまとった、(某)画伯の奥さんのことを指すのでしょうか?

それだけ服飾に対するこだわりを、(某)画伯はお持ちだったようです。服飾をカメラで撮るよりも絵筆で表現した方が如何に華麗であるかを知らしめることには成功しています。

こうした高度な技術に到達する努力には、(某)画伯に対して、ただただ頭が下がります。とても素人では、その困難さがわからないものです。

しかし、気になったのは、奥様をモデルにされているお顔の表情がどれも、まるで『人形』のように、無表情なのが気になりました。

それは、モチーフを服飾においているから、わざとそうされたかもしれません。
テーマーは、『服飾の美』なのでしょう。二頭追うものは一頭も得ずですから。

でも、私は欲張りだから二つ欲しかった。つまり、『生きた存在感』が、どうしても私には欲しかった。一点だけでもいいから・・・。期待して観て廻った・・・残念ながら、どの絵を見てもそれが希薄でした。ゴヤの『着衣のマハ』のように、じっと私を見つめるような存在感が欲しかった。ここまで優れた筆力をお持ちなのに何故そうした描写をされないのか?不思議です。

それは、ルノアールの少女の絵にしてもそうです。じっと私を愛くるしく見つめている・・・写真などでは限界のある・・・絵筆による創出された存在感。

それさえあれば、私は感動して帰ったでしょう。

by 大藪光政
posted by ゴヤの弟子 at 06:28| 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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